Always-Be-Natural blog

自分の好きなもの、自分らしい生き方、naturalな自分をもっと。

決断の是非を問うよりも

決断した事が果たして正しかったのかどうか

後々まで悩んでしまうことがある。

時は戻らないのに。


そうなのだ、もう時間は戻らない。


時計の針は進み続ける。
私の人生も進み続ける。


ここで大切なのは、
その決断から出発して次どう行動して、いかにその決断を「ベスト」にしていくかなのである。

動き次第で、その決断を最善にもできるし、最悪にもできる。

決断の是非は、実は後付け。
その場で決まるものでは、ない。

ならば決断を下した時点にいつまでも居残る必要はない。

その決断を活かして、次の一歩を踏み出そうではないか!


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年の瀬でございます。皆さまくれぐれもご自愛くださいませ。そして穏やかな年末年始を。


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全ては、自分の責任ということの本当の意味

「全ては自分の責任」

 

この言葉を私は長いこと「戒め」の意味で心に留めてきた。

 

上司のせい、家族のせい、先生のせいにしてはならないんだと。

 

しかしこのところ思うのは、

責任を負うということは、ネガティブなことでは全然無くて、

実は「自分で未来を変えられる」というすごくポジティブなことなのかと思ってきた。

 

然るべき知識と利他心と意志を持てたならば、

どんどん追うべきじゃないでしょうか、責任。そして、自分の明日は自分で作るのです。

 

もちろん、誰かにどっぷり寄りかかるという選択だってアリですよ。

 

小豆島は寒くなってきました!


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ちゃんと怒ったらいい

嫌なことが起きたとき、

 

何でもかんでも

自分に対する学びだの

自分の無意識に課題があるだの

 

そんな風に謙虚に受け取って、辛さを我慢して飲み込む必要もないと思う。

 

だって、あなたはちゃんと本音言えるの?っていう課題かもしれないでしょ?

 

怒鳴りたいときは、怒鳴ればいい。

 

だから大切なのは、Be NATURALということであります。

 

心が向くままに、素直に動いているのか。例え他人とバチバチになっても。自分を信じて、信念を貫けるか。

 

結果的に、自分の本音に従った方がエネルギーが湧いてくる気がします。同志に恵まれる気がします。

 

だから、この世で上手にナチュラルな自分を出すお稽古は必要であると考えます。


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当たって砕けろ、だよ

そもそもこの人生、楽をしに来てるんじゃないんだ。

 

困難をいかに乗り越えるか、

 

そこを楽しみに来てるんだ。

 

だから、キホン、

当たって砕けろ精神で良いと思うんだ。

 

苦手な人にどうアプローチするか、

忙しい業務をどうマネジメントするか、

 

万策を尽くさずして、

この人生終われますかってんだ。

 

もし、やるだけやって万策尽きたら、

ドロップアウトだって一案である。

その局面においては、今度は潔く諦めることができるかが問われているかもしれないから。

 

解決もアリ。

逃げもアリ。

 

行動しないで、相手や状況の変容を待つだけではやっぱりストレス。

だから、ぐるぐる考え込んでしまうなら、とにかく何か動きましょう。

 


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ネガポジ中和

無理にネガティブをポジティブに変えるんじゃなくて、

 

そもそもプラスでもマイナスでもない(あるいはプラスでもありマイナスでもある)という、

 

物事は常に「ゼロ」であるということを、つい忘れてしまう。

 

好き!や嫌い!

が極端に出てきて辛いときは、

「ネガポジ中和」作業を行わなくてはならない。

 

そうやって心を落ち着かせるのだ。

 

コロナはさ、

そりゃもちろん亡くなった方や苦しんでいる方もいるから、悲しいし紛れもない「悪」であるのだが。

 

少し想像すれば、

コロナが生まれたことで自分の価値が高まって、人の役に立つ術を見つけ、生きる活路を見出した人もいるでしょう。でも「コロナ様様」なんて口が裂けても絶対言えませんけどね。

 

だから、コロナもゼロなの。

でも感染拡大防止にはもちろん努めたほうがいいけどね。

 

極力、ノージャッジで物事を平たく見ていこうと思うのでした。


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分かって良かったな

ある程度生活がスローになって

自分を、そして周りを冷静に見つめられるようになって

 

改めて気づくのは

 

「やっぱ、自分の気分次第で周りに起こることは変わる」

 

ということだ。

 

良い気分でいると、

やはり同じように気分が良い人が集まるし、

やはり気分が上がるような出来事が起こるのだ。

 

これを、今まで不思議なくらい信じてなかった。というか信じられなかった。そんなうまい話があるかって。

そして、自分の気分をどうやってマネジメントするかを放棄して、只々起こり来るネガティブな出来事におびえていた。

 

違うのだ。

 

いかに自分のご機嫌を損ねないようにするか。

 

地獄のような日々でも、いかにご機嫌で居られるか。

 

状況に振り回されることなく、

そこにちゃんとフォーカスできれば、

現実は、控えめに言っても自分の周りは変わる

 

今この瞬間も無数に存在する、パラレルワールドの一つに辿り着く。

そこは、自分の周波数に合ったものがこちらに届くだけなのだ。

 

あー分かってスッキリしたな!


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どんなときも、気落ちしないように穏やかに過ごそうと思う。瀬戸内海のように。

 

苦は人間の特典

“人間は苦しむようにできていて

 

その苦の故に苦を脱離するとも

 

克服するともいえるのですから

 

苦を避けるのは人間らしくない

 

ということになります。

 

苦しみ能うということが

 

人間の特典であるとすれば、

 

十分にこれを味わって行くべきものと

 

思います。

 

これができぬとなると、

 

人間は自分の特権を

 

棄てるということになります。”

 

『仏教の大意』鈴木大拙 より抜粋

 

 

喜びも、苦しみも、味わえる人間になりたいと思ふ。


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